1970年物語−2
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1970年物語(season2)

01  菩提寺
02  Beginner's Luck
03  ミルキー・パトロール
04  サウンド・インパルス
05  この木何の木
06  ハッピー・フォーク
07  東 京
08  岸川さんのユウウツ
09  オニマ〜ルです。
10  唐津・虹の松原
11  リアカー部隊
12  カウントダウンライブ
13  小松ヶ丘を後にして1
14  小松ヶ丘を後にして2
15  城島高原キャンプ場
16  居候
17  再出発
18  渡辺プロダクション
19  解散.コンサート
20  風来坊
21  最後のマネージャー
22  照和出演バンド一覧-1
23  照和出演バンド一覧-2
24  照和出身ミュージシャン
25  照和のオーディション
26  シャイアン族が行く
27  俺はツヨシだ!
28  追い詰められるライブハウス
29  キヨさんに会ったらよろしく
30  泣き虫タツヤ
31  森山達也
32  ロック・ディの功罪
33  風の中のノバ
34  終焉の足音
35  1978年11月30日木曜日
<最終章>
01 1979年
02 伝説のはじまり
03 コンサート
04 同窓会コンサート
05 照和伝説同窓会コンサート1




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 第1回 菩提寺


言わずと知れた我が生家は妙安寺。唐人町にある日蓮宗のお寺である。お世話になったKBCラジオの岸川さんのお墓がある。その向かいはメンバーだった久保の墓。久保の隣の塚崎家はみんなには関係ないけれど、姉の嫁ぎ先の墓。そして、本堂の裏には私が入れるかどうか判らないが、門田家の墓もある。実家に帰ると、みんなまとめて墓参りが出来るので便利である。
このお墓の持ち主を檀家と呼ぶ。それに対してお墓を置いてあるお寺を菩提寺という。小松ヶ丘の合宿所に移るまで、私はここで生まれ育った。いろんな檀家さんがいて、いろんな人が墓参りに来る。そして、子供心にもお寺にはそぐわない服装をした業界風の怪しげな一行を時折見る事があった…。

バンドが行き詰った。東京との連絡が途切れ始めた。デビューの話がほぼ消滅に近い。
「久保、自分たちで何とかせんといかんバイ。」「何とかせんとって言うてもどげんするや?」「ナベ・プロはどう思う?」ナベ・プロとはあの天下の渡辺プロダクションのことである。この時期、ナベ・プロは大塚博堂などをかかえ、フォーク・バンドに関心を持っているという話を聞いた。「ナベ・プロのオーデションを受けてみようか?」

ナベ・プロの九州支社に行った。支社長の福円さんは温厚な紳士だった。オーデションの件は検討するということで話は一段落した。
「ところで、門田さん。妙安寺ファミリーバンドの妙安寺って唐人町にあるお寺と関係がありますか?」
「はい、妙安寺は自分の実家です。でも、よくご存知ですね?」
「知ってるも何も、妙安寺さんは渡辺家の菩提寺ですよ。」
あの渡辺プロダクションの社長がうちの檀家だったのだ。そういえば本堂の横に「渡辺家」の大きな墓があったのを思い出した。
「本堂の横の、あの大きなお墓ですか?」盆暮れの墓掃除は私の仕事だった。どこに何家の墓があることを覚えてしまっていた。
「そうそう、そのお墓ですよ。」子供のころの記憶が蘇った。あの胡散臭い怪しげな業界風の一行は…。
「そういえば昔、何度かお見かけしたような気がします。」
「そうでしょう。命日にはみんなで墓参りに行ってますからね。」
こんな話から福円さんと妙に打ち解けていった。そして最後に
「門田さん。オーデション、やりましょうね。」と、言ってくれた。
後年、社長の渡辺晋さんが亡くなった時、兄は菩提寺の住職として葬式の式長を務めるため東京に呼ばれた。数人並んだ僧侶の真ん中に座っていた。…芸能ニュースでテレビに映ったと喜んでいた。

あとがき
いやぁ3年前です。最後に書いたの38話から…。ほんとに歳をとると月日の経つのが早いこと。「ボクガクボ・ぼくのくぼ物語」同様、一度筆を休んでしまうと再開がなかなか難しい。どちらも生きているうちに完結させたいと思っているのですが…。また、書き始めようという気になったのはそろそろお迎えが来るころ?いやいや、私は親父の歳(74歳)まで生きなければ親不幸の倅になってしまいます。「俺より先に死ぬな」と言うのが親父の戒訓。今それを「俺の歳より先に死ぬな」と変えています。それで、私から仲間達へ「俺より先に死ぬな!1970年物語を最後まで読んで死ね!」みんなが長生きするように焦らずゆっくりと第2部を書いていこうと思います。
今回はちょっと短めになってしまいました。この続きを書いていたら、今度は長くなりすぎたので、ここいらで止めました。書いているうちにいろんなことを思い出すものですね。

 いちろう 2008年3月18日





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