1970年物語−2
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1970年物語(season2)

01  菩提寺
02  Beginner's Luck
03  ミルキー・パトロール
04  サウンド・インパルス
05  この木何の木
06  ハッピー・フォーク
07  東 京
08  岸川さんのユウウツ
09  オニマ〜ルです。
10  唐津・虹の松原
11  リアカー部隊
12  カウントダウンライブ
13  小松ヶ丘を後にして1
14  小松ヶ丘を後にして2
15  城島高原キャンプ場
16  居候
17  再出発
18  渡辺プロダクション
19  解散.コンサート
20  風来坊
21  最後のマネージャー
22  照和出演バンド一覧-1
23  照和出演バンド一覧-2
24  照和出身ミュージシャン
25  照和のオーディション
26  シャイアン族が行く
27  俺はツヨシだ!
28  追い詰められるライブハウス
29  キヨさんに会ったらよろしく
30  泣き虫タツヤ
31  森山達也
32  ロック・ディの功罪
33  風の中のノバ
34  終焉の足音
35  1978年11月30日木曜日
<最終章>
01 1979年
02 伝説のはじまり
03 コンサート
04 同窓会コンサート
05 照和伝説同窓会コンサート1




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 第19回 解散コンサート


そう、それは突然やってきた。そして、忽然と消えていった…。…たら、…れば、を言えば切りがない。気持ちが空回りしている、力が入らない、集中できない…。持てる力を出し切れなかった。どちらかというと最悪のステージ。席を立って、出て行く後姿を見送った…。

「気づいとったかも知れんけど、今のステージを見に来とった。」「えーっ、…それで。」 「何も話すこともなく帰った。」「と、言うことは…」「ああ、終わった。万事休す…やね。」 それだけの会話のあとは、重苦しい沈黙。
バンドを始めて6年…。大学1年だった藤永克彦、木下聖雅が卒業して2年が経った。私と久保孝司は28歳に。みんな、まだ音楽を続けていきたいという気持ちは強い。しかし、…。
それから数ヶ月、私は自問自答していた。時代は変わろうとしている。いや、変わってきている。久保と二人なら…いや、ワシ等は妙安寺ファミリー・バンド。そして、最後に「バンド解散」という結論にたどり着いた。
私と久保はこの歳まで好きな音楽をして楽しんできた。今後、受ける試練は自業自得でもある。ただ、まだ若いカツとセイカ、そして因藤。彼らは別の道を模索して歩いていける。私たちが受ける試練よりも少なくてすむだろう。

「バンドを解散する。」思っていたとおり、みんなに安堵の色が浮かんだ。みんなもバンドの限界を感じていたのだ。そして、私が言い出すのを待っていた。アマチュアで6年も同じバンドでやってこれたことは奇跡に近いと思う。
「よーし、それじゃ、妙安寺らしく、解散コンサートを楽しくやろうじぇ!」

照和を借りて、本当に最後のライブ。照和を借りる場合は通常料金(400円だった?)に上乗せした入場料を設定する。その上乗せした金額がコンサートを主催するバンドの収入となる。何人以上、客を集めなければいけないというノルマもない。そのかわり、誰にでも貸すというわけにはいかない。それなりの集客力がなければ貸切のコンサートは開けない。そして最大の難関は営業時間を遵守すること。日曜日の営業時間は12時から22時までの10時間。…当然、我々のバンドだけでは無理な話である。

この時、照和は地下のステージから4階に移動していた。ステージの後ろの仕切りに、これまでのオリジナル曲30数曲のタイトルを表にして貼った。これを全部やったとしても4時間。あとの6時間…。長渕剛、仁井まさお、西田恭平、シャイアン族、有馬えり、椿ゆう子、岩切みきよしなどなど新旧の照和出演者がゲストとして駆けつけてくれた。6時間のステージはあっという間に埋まった。

おかげで、妙安寺ファミリー・バンドの解散コンサートというより、照和オールスター・コンサートの様相になった。客席の机と椅子を取り払った。しかしお客さんを10時間立たせたままにするわけにはいかない。どこから調達したか覚えていないが、ゴザを借りてきて敷いた。入れ替えなし、お客さんにとっても耐久コンサートである。ゲスト出演してくれるみんなに、ギャラの代わりにビール、スナックを用意した。遊びに来てくれたみんなにも、飲めや歌えの大宴会コンサート。

予想した以上にお客さんは来てくれた。座れないお客さんが窓際、壁際、後ろで立ち見。我々は前半、後半それぞれ2時間のステージを2回。前半は後ろの張り紙を見ながら古い順に、思い出を語り、懐かしみながら歌って演奏をした。後半はお客さんからのリクエストを取りながら一曲一曲、曲目を消しながらカウント・ダウン。そして、最後の一曲…駆けつけてくれた出演者がステージに乱入し、そのままアンコール曲「福大発12番線」で大団円を迎えた…。


あとがき

昨日、初夢を見た。夢に現れたのは久保孝司。さては、お迎えに来たか?…そうではなかった。どうやら新年の挨拶のために来たようだった。久保は死んでから義理堅くなった。夢の内容は…ライブをするから付き合えと、私を誘いに来た。ギターケースを下げて出て行くと「門田、ギターは2本いるやろうが」えっ、そうだった?もう1本のギターを取りに部屋に戻ると甲斐よしひろが窓際の机に座って、日向ぼっこをしながら新聞を読んでいる。「おう、甲斐。お前、なんかふけたね。」と、声をかけた私を甲斐は無視。部屋を出ると出口が見つからない。私は焦って廊下をぐるぐると何周もした。どういうわけかマネージャーになっている黒瀬秀之から「遅れんごと、来なよ。」と釘をさされていた。途方にくれているとトイレから久保が出てきた。
外に出ると見渡す限りの砂丘。砂丘の向こうにライブハウスがあるという。久保のあとについて登っていく。途中で、下げていたギターケースがないのに気がついた。下を見るとケースが開けられギターが砂に埋まっている。「あいつらのしわざやね」久保がそう言って駆け下りていく。砂丘を越えると「あいつら」に囲まれた。久保は「あいつら」に頼まれて、水の上に作られたステージでピアノを弾き出した。「久保、遅れるぜ!」私の声は久保に届かない。久保の弾くピアノの音がピッピッ、ピッピッ、ピッピッ…目覚まし時計の音で目が覚めた。

いちろう 2009年1月8日






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