1970年物語−2
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1970年物語(season2)

01  菩提寺
02  Beginner's Luck
03  ミルキー・パトロール
04  サウンド・インパルス
05  この木何の木
06  ハッピー・フォーク
07  東 京
08  岸川さんのユウウツ
09  オニマ〜ルです。
10  唐津・虹の松原
11  リアカー部隊
12  カウントダウンライブ
13  小松ヶ丘を後にして1
14  小松ヶ丘を後にして2
15  城島高原キャンプ場
16  居候
17  再出発
18  渡辺プロダクション
19  解散.コンサート
20  風来坊
21  最後のマネージャー
22  照和出演バンド一覧-1
23  照和出演バンド一覧-2
24  照和出身ミュージシャン
25  照和のオーディション
26  シャイアン族が行く
27  俺はツヨシだ!
28  追い詰められるライブハウス
29  キヨさんに会ったらよろしく
30  泣き虫タツヤ
31  森山達也
32  ロック・ディの功罪
33  風の中のノバ
34  終焉の足音
35  1978年11月30日木曜日
<最終章>
01 1979年
02 伝説のはじまり
03 コンサート
04 同窓会コンサート
05 照和伝説同窓会コンサート1




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第31回 森山達也


「門田さん、なんで、みんな長続きせんとですかね?」「うーん、お前はどういう基準でメンバーを集めようとね。」「まぁ、それなりに出来る奴ですかね。」「そんな奴て、わがままやろ?それなりに出来るけん、自分が中心に成りたがるやろう?」「ああ、そうです、そうです。」「船頭多くして船、山に登る、やね。」「なんですか?それ」「指図する奴が多かったら、どこに行くか分からんという中国のことわざたい。」「それが、なんか、関係あるとですか?」「あらら…。」
「ところで森山。お前はモッズでなんばしたいとね?モッズをどうしたいとね?」「やっぱり、自分の音楽ばやりたいです。」「やりたいて?今は…出来とらん?」「はぁ、みんなが納得せんと出来んでしょう。」「だけん、メンバーに気を遣う…か。森山、ほら俺のコップ、空やろうが、酒ば頼め。お前は、まだ入っとうや?」

「森山、モッズは格好良すぎるやね。」「格好良いと、いかんですか?」「出来る奴を集めたら、そりゃ、上手いけん、ステージは格好良かたい。でも、そんだけやろ?」「………」「お前がメンバーに気を遣いよう間はおんなじことの繰り返しやね。自分の音楽をしたかったら、お前がいっちゃんわがままにならんと…」「そうしたら、誰もついて来んごとなりますよ。」「それで、いいやないや。」「へっ?」「ついて来ん奴は捨てやい。」「バンド、やめろってことですか?」
「お前からモッズを取ったら何があるね。」「何も残らんです。」「森山イコールモッズやろ。自信ば持ち。モッズはお前が思うとう以上に、バンドになっとうけん。」「そうかいな…」「ワシが言うちゃけん、間違いなか。お前についてくる若い奴はなんぼでもおるやろ。」「えぁ、まあ。」「形から入っても長続きはせんて。いっぺん、落ちやい。そこから、這い上がって来な。」「………」「ワシはくさ、開戦前夜の時から、お前のファンたい。『俺たちが日本ロックを変える!』って言うたろうが」「そんなこと、言うたかいなね。」「あ、忘れたふりばしよろう?あん時、ワシ、笑うたやね。ばってん、お前やったら、それが出来るとずっと思うとる。」

森山を慕う若いメンバーが「モッズ」に加入した。特にベースの北里晃一、彼の存在が森山をひとまわり大人にした。なぜなら、北里は問題児だった…ちなみに北里は私と同じ当仁中学出身。元来、気が荒い性格の上に酒が入ると別人。酒乱になるから手がつけられない。焼き鳥屋で肩が触れたといって喧嘩する…焼き鳥屋を一時出入り禁止になった。路上駐車の車が邪魔だと蹴るわ踏みつけるわ…森山が警察に行って示談書を提出。などなど武勇伝に事欠かない。しかし森山は北里を庇い続けた。何があっても見捨てなかった。二人の間の信頼関係が固い絆になった時、「モッズ」は生まれ変わった。荒削りだが勢いがある、若さに乗せられて森山の歌にも迫力が生まれた。若いメンバーをまとめる森山にリーダーとしての自覚が芽生え「モッズ」はバンドとして結束を固める。ステージを重ねるごとに演奏も洗練され、森山の歌に余裕と楽しさが感じられるようになった。やがて「モッズ」は若いロッカーたちの中で中心的バンドとして君臨するようになった。

「門田さん。お願いがあるっちゃけど。」「なんね?ワシに出来ることやったら協力するよ。」「今、ロック・バンドばしよう若い奴らは歌う場所がないとですよ。それで照和ば使わせて、もらえんやろうかと思うて…」内心、私は喜んでいた。森山が若い奴のことを考えてやる余裕が出て来たのだ。「日曜日は、貸切にさせて貰えるとでしょう?」「ああ、貸切にするよ。ばってん、ある程度の客が入ることが前提やね。照和にも儲けさせんといかんけんね。」「客は入れる自信はあります。」
こうして、森山が主催する照和での“ロック・ディ”を月に1回やることになった。森山の言った通り客は満杯になった。森山は前売り券を発売し、若い出演者に捌くように指示した。金額は忘れたが照和に支払う金額に上乗せするから、安いチケットではなかった。バンドも客も若い。バンドはステージで演奏してこそバンド。その場所がないという彼らに発表の場を作った森山。トリに登場した「モッズ」に会場の熱気が一気に過熱した…


あとがき

前回からの森山との会話は、架空の話ではないが、かなり脚色した部分が多々ある。一言一句覚えているわけがない。得意の「一行の真実、十行の嘘」を遺憾なく発揮している。読み返してみると私が森山に影響を与えたように解釈できる。多分にそれはあったと私は自負しているが、森山がどう思っていたかは、定かではない…。
森山の人柄というか人間性だろう。短い時間で「モッズ」を生まれ変わらせ、若いバンドの手本となり、彼らのためにステージまでお膳立てをしてやる。これが「サンハウス」や「田舎者」になかった森山達也の「モッズ」である。憧れから一緒にライブをやれる存在にいる「モッズ」は彼らから絶対的な信頼を得ていた。この“ロック・ディ”コンサートで頭角を現してきたのが陣内孝則の「ロッカーズ」であり、「ティニーボッパー」であった。

いちろう 2009年1月31日






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