1970年物語−1
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1970年物語

◆1972年--------
01 妙安寺FamilyBand
02 歌え!若者
03 学園祭
04 師走

◆1973年--------
05 小松ヶ丘
06 留年
07 家出
08 福大発12番線
09 部室
10 合宿所
11 照和
12 甲斐よしひろ
13 フラワージャンボリー
14 フォークソング・コンテスト
15 田原典明
16 ワンマン・コンサート
17 打ち上げ
18 交差点の世界
19 NHK福岡総局
20 石橋凌
21 七隈祭
22 21人の晩餐会
23 続・21人の晩餐会

◆1974年--------
24 思春期/甲斐よしひろ詩集
25 甲斐バンド結成
26 ピエロの解散
27 萩野和人と仲西永明
28 夏の合宿・杉野井パレス
29 都城・恐怖の開かずの間事件
30 五月
31 藤瀬竜二の父
32 赤木商店
33 オーディション
34 ミスター・ドーナツ
35 いざ、築港へ
36 Take It Easy
37 フライド・チキン
38 九州ツアー・サマーフォークコンテスト



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1970年物語/第三十話

          by/門田一郎


「五月」

天神の新天町に「和光堂」という大きなレコード店がある。ここの二代目若社長・武田君は大学を卒業して家業を継ぐために修行を始めた。今のところ父親が元気だから彼は居ても居なくても良い存在である。家業を継いでも父親と同じ事をしていては父親を越える事は出来ない。二代目の特権である冒険心が芽生える。彼は父親が為し得なかった事を模索する。
「レコードを作ろう…」作ったレコードは店で販売する。博多には全国から注目されている「照和」がある。レコードを作る事で才能あるバンドを発掘し育てよう。しかし父親は商売人で商売抜きの話は出来ない。少なくとも採算を取る見込みがなければ一蹴される。採算を取るには人気があって活躍しているバンドとなる。自分が描いた夢を実現させるためには実績を作らなければ父親を説得出来ない。そのためには…「妙安寺に会いに行こう。」

「いいですねぇ、武田さん。是非やって下さいよ。うまく行って、将来博多から音楽を発信するレコード会社が出来ればいいですね。僕らに出来ることがあれば何でもしますよ。」
「そういった事情で最初のレコードを妙安寺ファミリーバンドにお願いしたいんです。少なくとも採算割れが出来ないもんですから…、ギャラの方の予算が出ないかもしれません。」
「ええ、喜んでやらしてもらいます。次の奴等のためにも失敗は許されないですよね。それにレコードを出してもらうのにギャラなんていらないですよ。」
若い頃、夢や希望を話しはじめると止め処もなく広がり膨れる…アドバルーン。レコードのレーベルを「アドバルーン」にしようとなった。録音はヤマハのスタジオ「アビーロード」。レコードのプレスは「東芝EMI」。初版は500枚ということに決まった。

「久保。シングル版だから2曲レコーディンするけど、何にしようか?」久保と選曲をする。「いつ頃発売する予定や?」「うまく行けば5月頃になると思うやね。」
「うーん、5月か…。『五月』にしよう。」…これではうちの親父のノリである。(この意味が分かる人は面白いが、分からない人は何のことか分からないまま先に進むように…)。A面は『五月』(門田一郎作詞・久保孝司作曲)B面は『>ハッピー』(久保孝司作詞作曲)に決めた。
久保はレコーディング用のアレンジを始めた。コーラスのパートを増やしエレクトーンなど他の楽器を加え、SE(効果音)を使ったりする。予算の都合上スタジオの使用時間が制限される。レコーディングをスムーズに終らせるために練習に熱が入る。
私は武田君に頼まれたレーベル名「アドバルーン」のロゴを考え、レタリングする。ついでにジャケットに書く曲名もレタリングする。レコードジャケットの写真は私の実家であるお寺の塀の上に五人が腰掛けて、それを武田君が青空と銀杏の樹がバックに入るように下から撮影する。…でき上がったジャケットの写真はバックが何が何だか分からない。
ヤマハのスタジオ「アビーロード」は練習する時にいつも使っているスタジオである。エレキに替えてから合宿所では近所の手前大きな音が出せなくなった。新曲が出来た時などアコースティックで曲の構成を覚えたり、コーラスの練習をするほかは、このスタジオを借りて練習するようになった。だからレコーディングといってもスタッフは顔見知りだから特別な緊張感はない。心配そうに緊張しているのは様子を見に来た武田君だけ。我々の緊張感のなさにますます不安を募らせる。
「心配せんでよ。ワシ等、レコーディングの経験があるんだから…」と言いながら前回(LP「交差点の世界」)はほとんどレコーディングらしい事は何もしなかったなぁと思い出す。
ギターの弦を張り替えて、チューニングは…久保に任せる。先に楽器だけの伴奏を録音する。唄わなくて良いから楽器に専念出来る。その代わりイントロ〜メロディ〜サビ〜間奏〜メロディ〜エンディングと頭の中でカウントしながら演奏していく。唄っていると無意識にやっている事が伴奏だけになると「あれ?次なんだったけ?」なんて妙に不安になったりするのだ。
「五月」は私の生ギターのイントロから始まる。久保の三拍子のドラムにリズムを合せる。仲西のベースが入る。藤永のギターが入る。木下のフラット・マンドリンが入る。防音のフェンスに仕切られた中で、ヘッドフォーンで他のメンバーの音を聞きながら、それぞれが自分のパートを演奏する。この録音が終ると、久保が生ギターで私と別のパートのイントロを入れる。
それが済むとステージでは出来ないレコーディング用にアレンジしたエレクトーンの伴奏を入れる。こうして伴奏の録音がすべて終る。
この伴奏をヘッドフォーンで聞きながらボーカルを録音する。まずメイン・ボーカルである私が一人、スタジオに入ってメロディを通しで唄う。これがまたギターを持たずに唄う事に慣れていないものだから手持ちぶさたで妙な不安に襲われたりする。リズムで唄えば自然と伴奏に合うのだけれどヘッドフォーンの音を無意識に聞こうとするものだから、その分微妙にリズムが狂い伴奏に合わなくなったりするのである。
メイン・ボーカルの録音が終るとコーラスをつける。久保と藤永に私もコーラスに加わる。これもステージでは出来ない事。久保がレコーディング用に私のコーラスの部分を付け加えた。録音し終わってテープを聞く。私の声は決してコーラスに向かないことがよく分かった。
イントロの前に5月の爽やかな風のイメージをいれるために効果音として風鈴の音を入れる。チリン、チリン、チリンと風鈴の音が聞こえフェードアウト(だんだん小さくなって消えていく)すると私のギターのイントロが入り、それに被さるように久保のギターが入ってくる…♪赤いバラが咲いたよ五月の空 君を思い出します今年もまた…と私のボーカルがはじまる。このレコードは武田君の希望に応えるように500枚はすぐに売り切れた。勢いに乗って500枚を追加プレスした。これは結構売れ残ってしまった。人間欲を出してはいけないという教訓である。それでも「アドバルーン」レコードの第二弾は「ノバ」というバンドがレコーディングすることになった。第二弾が出ることで私たちは無事に役目を果たしたのである。





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