| 1970年物語−1 | |
| | TOP | 1970年物語 | 1970年物語2 | ぼくのくぼ物語 | 友達辞典 | SONGS | 資料 | PHOTO | DISCOGRAPHY | LINK | BBS | CONTACT | | ||
|
1970年物語/第三話 by/門田一郎 1972年・「学園祭」 10月下旬から11月上旬は福岡にある大学の学園祭シーズンである。「歌え!若者」に出演したタイミングが良かったのだろう、どこが気に入ったのか知らないが「西南学院大学」と「中村女子短期大学」の2校だけであったが、我々「妙安寺ファミリーバンド」に学園祭への出演依頼が来たのである。押しかけて出演するのと、呼ばれて出演するのとでは天地の差がある。「西南」はともかく「中村」は何といっても女子大なのである。我々は堂々と女子大の構内に入れるのである。しかも花の女子大生が我々を待っていてくれるのだ。 1時間のステージだと8〜10曲は演奏しなければ場が持たない。持ち曲が5曲だとステージでは半分以上はしゃべってごまかすしかない。ラジオ出演後、曲作りと練習に明け暮れ、学園祭までになんとか10曲ほどに持ち曲を増やした。オリジナル曲をモットーにしているがこの際コピーも仕方ない。数曲コピーをしたが作った人間が聞いたら怒るようなアレンジである。あがた森魚の「赤色エレジー」は演奏をバックに私の語りがメイン、萩野の哀愁を帯びた歌声がマッチした。後にカーペンターズが唄ってヒットした「ジャンバラヤ」には原曲に関係ない日本語の歌詞をつけて唄った。おかげで我々のバンドはコミックバンドと言われるようになった。 メンバーが7名もいると1〜2名練習やステージを休んでもバンドに影響をうけない…。西南大学の学園祭の前日に1曲仕上げた。本番のステージでバンドの司会を担当していた田原が次の曲を紹介した後、大声で言った。「あれェ、俺、この歌知らんよ!」…この男、前日の練習に来なかったのである。 福岡大学の学園祭は通称「七隈祭」と呼ばれる。我々はクラブ主催のステージはもちろん、大学主催のステージやほかのクラブからもお呼びがかかった。集合時間や場所を連絡しているが遅刻する奴はいる…。ステージに上がって曲が始まる。曲の途中で客席がざわめいた。田原が遅刻してステージに上がってきた。そして何事もなかったように後ろでギターを弾きはじめたのだ。田原!また、お前か! メンバー紹介 門田一郎(カドタ・イチロウ…福岡県福岡市出身。身長175cm。法学部4年。リーダー、作詞、ギター、ベース担当) 久保孝司(クボ・タカシ…愛媛県周桑郡出身。身長184cm。経済学部4年。作曲、リード・ギター、フラット・マンドリン、バンジョー担当) 萩野和人(ハギノ・カズト…鹿児島県曽於郡出身。身長168cm。経済学部3年。ベース担当) 柏村道雄(カシワムラ・ミチオ…山口県宇部市出身。身長170cm。工学部2年。ギター担当) 田原典明(タハラ・ノリアキ…福岡県福岡市出身。身長165cm。法学部2年。パーカッション、ベース担当) 木下聖雅(キノシタ・セイカ…鳥取県倉吉市出身。身長185cm。経済学部1年。フィドル、スプーン、ウォッシュボード、カズー担当) 藤永克彦(フジナガ・カツヒコ…熊本県八代市出身。身長172cm。経済学部1年。バンジョー、ギター担当) |
| © since 2003 Myoanji Family Band/当WEBサイトの画像およびテキストの無断転載はお断りいたします。 | 2010-9/7 (Tue) 12:52 /26202 th |