| 1970年物語−1 | |
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1970年物語/第四話 by/門田一郎 1972年・師走 年の暮れにクラブの忘年会コンペがある。「フォークソング愛好会」は創立して日が浅い。我々がラジオに出演して以来その名前は広まった。そして一週間前の「歌え!若者」でのワンマン・コンサートは後輩のバンドなどを出演させて我々の曲の少なさを補い、結果的には「福大フォークソング愛好会」のコンサートと化した。そのせいもあってこの年の忘年会コンペは盛り上がったのである。 2次会は久保の4畳半1間の下宿。私と田原以外のメンバーは地方出身でそれぞれ寮や下宿住まいである。炬燵を囲んでメンバーのほかにクラブの後輩達と飲み直す。入れ替わり立ち代わり後輩がやって来ては帰っていく。 バンド経験のなかった私に、バンドの楽しさを教えてくれたのはこの部屋に最後まで残っているメンバー達である。 「この一年、面白かったなぁ。久保」「ああ、面白かったやね。」 「バッテン、もう卒業やね」「ああ、卒業。大学もバンドも…。」 「お前、卒業したらどげんするとや? 愛媛に帰るとや?」 「いや、博多にずっと居ろう思うとう。」 「そしたらくさ、就職が決まったらまた二人でバンド組もうか?」 「おぅ、そうタイ、そうしようぜ。」 私たちの話を聞いていた藤永が身を乗り出して来た。 「門田さん、久保さん。そん時また僕もバンドに入れて下さい。」 「それじゃ僕も入れてもらおうかな。」木下は自分勝手にうなづく。 「門田さん、久保さん。卒業してもバンドするならくさ、『妙安寺』は解散せんでも良かっちゃないと?」田原が他人事のように意見を言う。 「そうタイ、そうタイ『妙安寺』は続けようよ。」同じ2年でも田原より1才年上の柏村が甲高い声で言う。 「おいが卒業するまでは『妙安寺』ば続けて欲しかやね。」無口な萩野がボソッとした声で言う。 時は1972年師走。彼等は正月休みにそれぞれの故郷に帰っていった。 |
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