ボクガクボ・ぼくのくぼ物語
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 ボクガクボ・ぼくのくぼ物語

 #1 ♪1〜♪6
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 #7 ♪36〜♪41



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♪12「2005年9月13日」
 谷村与志雄のスタッフに挨拶がてら遊びに行った。「愛好会のOB会って、いい口実ば見つけたね。」…谷村から私が突然、見舞いに行くと久保が心配するから悟られないようにと釘をさされていた。「いやいや、本当にOB会があったとよ。」…実際、OB会がなかったら気楽に久保の見舞いが出来なかったかも知れない。久保はこの数年、スタッフ通いをしていたらしい。そして、ここで倒れ、病院に運ばれたという。「久保さんくさ、入院しとっても駄洒落ば止めんちゃんね。看護婦さんの質問にも駄洒落ば言うけん、看護婦さんは頭がおかしくなったと思うて、先生に言うて脳波の検査ば受けたとよ。」入院の模様を話してくれる池浦均。「何が原因で倒れたとですか?って看護婦さんに聞いたら、横から久保さんが、苦しそうにしとうとに『低血糖リミット…』って言うちゃん。」久保の本領発揮である。昨日の見舞いの様子と、この話を聞いて久保は大丈夫とまずは一安心した…。

♪13「夜汽車に乗って」
 久保の部屋で練習を始めた。まず私の作った数少ないオリジナル曲から「夜汽車に乗って」を選んだ。「お前、そのイントロおかしい、こげんしやい。」「間奏はこうするけん、お前はこげん弾きやい。」自分の曲がバンドの曲らしくアレンジされていく。おまけにリズムの取り方、ギターの弾き方など久保に言われるまま練習を重ねた。…久保が亡くなって、初めて私の夢の中に出てきた時がこのシーンだった。膝を叩きながらリズムを刻む久保。「わかったや、門田。」「違う、違う。こうたい。」「違うって言いよろう…」私は飛び起きて、膝を叩いていた。「あっ、夢か。」夢の中ででも久保に逢えた嬉しさと懐かしさ、そしてその後にきた大きな寂しさ…

♪14「初めての町」
 この頃、私は自分の作曲能力は久保に劣らないと思っていた。新しい曲を作るために詞を書いていた。「久保、詞を書いたけど曲がなかなか出来ん。曲ばつけてみる?」ノートに書いた詞を久保に渡す。「なんや、これ?短い詞やね。」「短いまま詞がまとまってしもうた。短いほうが曲も簡単やろう?」…そんな問題じゃないか。
「門田、曲が出来たぜ。」早い!私が書いた詞の上にギター・コードが書いてある。♪手馴れたバッグを〜肩にかけぇ、汽車から降りたよ小さな駅で〜♪久保がギターを弾きながら歌ってくれた。「いいねぇ。詞のイメージ通りのメロディやね。」久保はコーラスとリード・ギター。歌うのは私。人が作った曲を歌うのは初めてである。「ところで楽譜は書いた?」「そげなもん、あるわけなかろう!」「げぇ、どうやって曲を覚えればいいとね?」「俺が歌うけん、それば聞いて覚えやい。」「そげなこと…俺に出来ると思う?」「覚えやい!」久保と初めて作ったオリジナル曲が「初めての町」…短い詞でよかった

♪15「萩野」
 「久保さんがバンドするなら、俺も加えてよ。」久保の向いの部屋に住んでいる萩野がウッド・ベースを持ち込んできた。狭い部屋がより狭くなる。「俺たちは遊びでするっちゃけん…」「なら、俺も遊びでする。俺、久保さん以外の人間とバンドを組む気はないもん。」久保と萩野、一緒にバンドをやってきたから信頼関係は厚い。「門田、どうするや?」私には否はない。二人より三人、人が多いほどバンドは楽しそう。それにしてもベースが入るにはこの部屋は狭すぎる。それじゃ部室で練習しよう…人の出入りが多すぎて練習場所には向かないことが分かった。教室に場所を変えたのは良いけれど…柏村が勝手にメンバーに加わり、勝手に田原をメンバーに加えた。「お前たち、誰が入れると言うたや?」と口で言いながらNOとは言わない久保。久保の周りには自然と人が集まってくる。来る者は拒まず、久保任せ。どういうバンドになるのか?久保任せ。萩野と私は笑って見ていた。

♪16「妙安寺ファミリーバンド
 メンバーが五人になったから「七隈ブラザーズ」はやめようとなった。練習の後、いつものように久保の部屋でワイワイガヤガヤ、バンドの名前を考える。「七隈ファミリーバンドってのは?」「お前、そこに七隈ファミリーボウルがあろうが。そげんなとは、つまらん!」…工学部の校舎から道路を隔てた所にボウリング場が出来た。モーニングサービスの朝食やランチを食べに行ったり、ビリヤードをやったり、ピンボールで遊んだり、たまにボウリングをしたり、結構遊びに行っていた。「つまらんけど、ファミリーバンドはいいよね。」「うんうん、ファミリーバンドはいいよね。」「でも、ただのファミリーバンドって言うのも寂しいしね。」「うんうん、寂しかね。」「お前、まじめに考えよう?」「うんうん、まじめに考えよう…えっ?」ポカリ!「うちのお寺の名前はどうやろ?」「何やったや?」「妙安寺。」「妙安寺ファミリーバンドか…良いっちゃないや」…決定!

♪17「ライオンは寝ている」
 久保は高校時代「キンクス」のコピー・バンドでベースをしていたらしい。だが、子供の頃からお兄さんの影響でカントリーをよく聞いていたという。メンバーが5人になってから選曲も変わってきた…久保の音楽性が目覚めはじめた。オリジナルはなかったのでコピーを始めた。コーラスの勉強になるからと「ライオンが寝ている」…キーが高く、裏声の曲。「そげんキーが高い曲は無理ばい。」「何言いようとや。ビーチボーイズはコーラスの練習でみんな喉から血を吐くほど練習したっちぇ。」ビートルズよりビーチボーイズ。久保はこよなくアメリカン・ミュージックを愛していたのだった。だが、しかし久保以外のメンバーの力不足でこの曲をコピーすることは出来なかった。






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